=与 勇輝さん・昭和メモリアル展に思う=
2010年 10月 07日
人形制作で知られる与勇輝さんの 「昭和メモリアル展」
九月十六日 から 十月四日 まで、約20日間の 松屋銀座での開催が終わりました。
2006年春に、「人形芸術の世界」 と題された展覧会が
同じ会場で開かれた折には、長女と共に観に行き、
その素晴らしさ、手の指先までに込められた繊細な技に魅せられたのでした。
今回、開催中に、テレビで、放映された
出展作品の人形何点かを目にしたこと、テーマの事もあって、
観に行きたい気持ちにためらいが交錯して、とうとう機を逸しました。
テレビで、与さんは、昭和メモリアル作品について、
「本当はあんまり作りたくなかった、
あんまり思いだしたくない、
でも何時かは作らなければ と思っていた」 と語られました。
また、今伝えたい という思いがあり、
「大人の勝手な諍いで犠牲になる子供たちが可哀そう」とも。
同時代を生きてきた自分にも、
今でも目に焼き付いている光景のかずかずが、あります。
東京下町の大空襲、真っ赤な空
山手線の窓外の見渡す限りの無残な焼け野原に茫然・・・
上野駅の地下道にあふれていたうつろな目のこどもたち、
今回の展示、
催場のビルを四重にも囲むほどの来場者には中高年のかたが多かったとのことでした。
誰しも好んで戦争など考えないでしょう。
ABCD包囲網など 追いつめられた当時の日本・・・
様々な事もよみがえって複雑な想いで すごした数日です。
画像は前回の与勇輝展で求めたクリアファイルとポチ袋
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九月十六日 から 十月四日 まで、約20日間の 松屋銀座での開催が終わりました。
2006年春に、「人形芸術の世界」 と題された展覧会が
同じ会場で開かれた折には、長女と共に観に行き、
その素晴らしさ、手の指先までに込められた繊細な技に魅せられたのでした。
今回、開催中に、テレビで、放映された
出展作品の人形何点かを目にしたこと、テーマの事もあって、
観に行きたい気持ちにためらいが交錯して、とうとう機を逸しました。
テレビで、与さんは、昭和メモリアル作品について、
「本当はあんまり作りたくなかった、
あんまり思いだしたくない、
でも何時かは作らなければ と思っていた」 と語られました。
また、今伝えたい という思いがあり、
「大人の勝手な諍いで犠牲になる子供たちが可哀そう」とも。
同時代を生きてきた自分にも、
今でも目に焼き付いている光景のかずかずが、あります。
東京下町の大空襲、真っ赤な空
山手線の窓外の見渡す限りの無残な焼け野原に茫然・・・
上野駅の地下道にあふれていたうつろな目のこどもたち、
今回の展示、
催場のビルを四重にも囲むほどの来場者には中高年のかたが多かったとのことでした。
誰しも好んで戦争など考えないでしょう。
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by hu-u-ko
| 2010-10-07 04:53
| 思い







